JZX100のブレーキバランスを考える

自動車のブレーキは前後で必ずしも同じ制動力を持っているわけではありません。
一般的にフロントの制動力はリアの制動力に比べて大きいのです。
理由を抜粋して言うと、

ブレーキをかける

フロントの荷重が増加し、リアの荷重が減少する

フロントタイヤのグリップが増加し、リアタイヤのグリップが減少する

という流れがブレーキングにより生じます。
ブレーキングによりフロントのグリップが増加すると言うことは(リアに比べて)大きな制動力を与えられると言うことです。反対にリアのグリップが減少すると言うことは(フロントに比べて)少ない制動力しか与えられないと言うことです。

タイヤのグリップ以上に制動力を与えるとご存知のようにタイヤはロックします。
コーナリング中にフロントタイヤがロックするとアンダーステアで車体は遠心力に従いコーナーの外に向かっていき、リアタイヤがロックするとオーバーステアでフロントが巻き込むような挙動を起こしてしまいます。
アンダーステアはスピードを落とせば減少しますが、オーバーステアはフロントの荷重をリアに移したりカウンターを当てないと減少する事は無くそのままだとスピンしてしまい非常に危険です。(アンダーも危険ですが…)と言うことでフロントの制動力はリアの制動力に比べて大きくしています。

制動力を前後で変更する方法ですが、ブレーキローターのサイズを変更する、ブレーキパッドのサイズを変更する大きくする、キャリパーシリンダーサイズを変更する、キャリパーシリンダーへ伝わる油圧を変化させるなどがあります。

これらはいずれも大きくすることで制動力は大きくなるので、フロントに比べてリアの制動力を減少させるにはこれら(キャリパーピストン径など)を小さくすれば良いと言うことになります。


油圧

油圧曲線 ブレーキバランスの関係からキャリパーシリンダーへ伝わる油圧はフロントに比べてリアは減少させています。どこで油圧を変化させているのかと言うとJZX100(JZA80,JZZ30)ではマスターシリンダーの中にあるP&Bバルブと言うもので行っています。

右の図が油圧勾配を示しています。
このグラフから約2MPaまで前後のブレーキキャリパーへ伝わる油圧は等しいことを示しています。それ以上はリアの油圧がフロントより減少していきます。

これはどういうことかというと、ブレーキングにより前輪の荷重が増加し後輪の荷重が減少することによりタイヤの受けることの出来る制動力が変化するためです。当然前輪の制動力が増加して後輪の制動力が減少するわけですが、タイヤの受けられる荷重以上に制動力が与えられればタイヤはロックしてしまいます。すでに述べたようにフロントがロックするとアンダーステアが発生してリアがロックするとオーバーステアにより車体の挙動が不安定になります。
このためリアよりフロントを強くするようにチューニング(調律)しているわけです。逆にいうと前後のタイヤが受けられる制動力に合わせてブレーキバランスをチューニングしていると言うことです。

なぜ約2MPaまでは前後同一圧力なのかと言うと圧力が低い状況とは車速が低い(=荷重移動が起こりにくい)ため車の前後荷重並びにキャリパーによるブレーキバランスのみを考えているからだと思います。

尚、図の中の矢印及び数値はブレーキペダルの脚力(許容値の最大値)です。つまりペダルをそれぞれの力で踏み込んだ時に前後それぞれのキャリパーシリンダーに図で矢印で示した値が得られると言うことです。
この時のフロントの油圧をyf[MPa]、リアの油圧をyr[MPa]、脚力をx[N]とすると以下の式で表されます。
yf=0.042x+0.295(〜1.475)
yr=0.0248x+0.79(〜1.77)


ブレーキローター径

ブレーキローター径を大きくしていくと制動力は大きくなります。

この話の前にトルクと言う概念について述べます。トルクはエンジンの諸元にもあるように単位はN-m(kgf-m)となっています。F:荷重(力)、l:距離、T:トルクとした場合以下の式が成り立ちます。
T=F×l
この式よりトルクを大きくするにはl(距離)を大きくするかF(荷重)を大きくすることがあります。

これを踏まえて…
制動力をトルクと考えるとローター径有効半径が大きくなることによりトルク(=制動力)を大きくすることが出来ます。
あくまで概算と言うことですがJZX100のフロントローター半径は133mmでリアローター半径は142mmです。
フロントよりリアの有効径が大きい?と思われるかもしれませんが、バランスはローター径だけで考えることが出来ないので次の項目へ移ることにします。


キャリパーシリンダー面積&シリンダー数

キャリパーシリンダー面積が大きくなるとパッドに伝わる力が大きくなります。

その前に圧力の話を少し…
圧力の単位はPa(パスカル=kgf/mm2)で表されます。パスカルと言う単位をさらに分けるとN/m2となります。P:圧力、F:力、A:面積とすると以下の式が成り立ちます。
P=F÷A
これを見ると力(N)を面積(m2)で割ると圧力になるということが分かります。

これを踏まえて…
圧力が一定の場合シリンダー面積を大きくすると大きな力を伝えることが出来ます。
(パスカルの方式)
また、シリンダー数を増やせば大きな力を伝えることが出来ます。

純正のブレーキシリンダー面積はフロント3097mm2、リア1393mm2です。

これまでの話とは別ですがシリンダー数を多くすればパッド表面の適正な(設計通りの)圧力が得られると言う利点があります。パッドはローターの円周方向に長いもので、回転するローターに対して押し付けられるように作動するのでパッドは若干ですが変形します。このため一箇所で力を与えるより、複数箇所でそれと同じ力を与えるほうがパッド全体に適正な面圧を与えられることになります。
また1つのキャリパーでシリンダー直径を異径にしているものもありますが、これはパッドに対してローターの進出側を大きくすることで適正な面圧を確保しようと言う設計です。


ブレーキパッド面積

制動力の点から言えばブレーキパッド面積が増加しても変化はありません。極端に言えば面積の大きなパッドでも小さなパッドでも摩擦係数が同じなら(単純計算上)制動力に影響はありません。

しかしながら、パッド面積が増加すると熱に対する耐久性が増加することが考えられます。1回のブレーキングで発生する熱量は一定ですが、パッド面積が増加すると単位面積あたりの熱負荷が減少し、パッド面積が増加すると単位面積あたりの熱負荷は増加します。と言うことはどういうことかというと、パッドは温度によって少なからず摩擦係数が変化し温度が上がりすぎるとフェードが発生しますが、パッドの温度変化がおきにくくなり摩擦係数変化が押さえられ耐フェード性が向上すると考えられます。
また、耐磨耗性の向上(ライフの向上)とローター温度の低下が考えられます。前者はこれまでの話と同じで、後者はローター有効面積が増加するためです。

ただし、パッド面積がローターの直径方向に大きくなったり円周方向に長くなると適正な面圧を確保するためにシリンダー数を増やさなければならないことが考えられます。また、パッド面積とキャリパーシリンダー直径&数の組み合わせでフィーリングが変わるそうです。さらに、円周方向に大きくなるとローター有効径が減少しパッド面積が多い割に制動力が大きくないと言うこともあります。(但し数%の話になりますが…)


マスターシリンダー径

キャリパーシリンダーへ伝える圧力はマスターシリンダーにより発生しています。マスターシリンダー径を小さくすることで制動力を大きくすることが出来ます。何故?と思われるかもしれませんが、パスカルの法則により作動部の直径を小さくすることによって同じ力を与えても圧力が大きくなります。上で述べた圧力の単位をご覧になれば分かると思います。

じゃあ小さくすればいいの?と言うことですが、小さくするとキャリパーシリンダー径が同じ場合キャリパーシリンダーを同じ距離動かせるためにはマスターシリンダーはより多く動かなければなりません。マスターシリンダーの長さは設計上限界があるので制動力を大きくするために小さく出来る限界があります。
マスターシリンダー径を小さくすることで弊害も発生します。小さくすることで制動力は増加しますが、キャリパーシリンダーの作動距離が同じ場合ストロークが増加してブレーキタッチが軟らかくなります。というのは同じ制動力を発生させる場合でもマスターシリンダー径が小さくなればブレーキペダルを踏む力が少なくなるからです。
また、ブレーキパッドがローターに接触するまでの遊びも増加します。
これら一連のことを一般にペダルストロークが増える、タッチが悪化すると言います。

ブレーキのタッチは重くなりますがキャリパーシリンダー径に合わせてマスターシリンダー径を大きくするチューニングが一般的に行われています。でもこうすると僅かな範囲で制動力が変化するためコントロールが難しくなるでしょう。事実ヨーロッパのあるメーカーではストロークを広く取るようなブレーキにしてコントロール範囲を広くしているそうです。ただし、ブースターサイズを小さくして脚力を極端に軽くなり過ぎないようにしているでしょうが…
でも、私が好きなのはストロークの短いブレーキかな?コントロールがそれだけ出来るかどうかは疑問ですが…


タイヤ外径

制動力を計算する場合にタイヤ有効制動半径が係数として式に含まれますが、この係数は分母にあります。と言うことはタイヤ外径を大きくしていけば制動力は低下すると言うことになります。しかしながら幅の広いタイヤを装着する場合は外径が大きくなるし…この場合は制動力を大きくするためにブレーキ容量を増加しなければいけません。このあたりの話がメーカーが車を作る時に考えなければならない点でしょう。と言うものの外径がちょっとぐらい大きくなっても制動力は数%しか(も?)変化しません。


ブレーキングによる荷重移動

ブレーキングにより荷重移動が発生しますが、これを計算するひとつの式があります。
ΔW:荷重移動、m:車重(kg)、γ:減速度=減速開始からの速度変化(m/s2)、ht:重心高さ(m)、LWB:ホイールベース長(m)、g:重力加速度(9.81m/s2) (mγは慣性力と呼ぶ)としたとき
ΔW=(m×γ×ht)/LWB
と言う関係があるそうです。

注:移動可能荷重は静止状態の後輪荷重により制限され、この例では荷重上限と制定したWRstatic- WRstaticと呼ばれるものはある変化に依存し移動ができる。空力荷重とブレーキングを伴ったコーナリングはこの力学的上限に影響を与え、それゆえに減速可能な最大率が変化する。 だそうです
ようはブレーキングによりΔWだけフロント荷重が増え、ΔWだけリア荷重が減少するということでしょう。

150km/hから0km/hへの減速(3.7s 制動距離78.7m)を考えた場合それぞれm=1480、γ=1.13(ちょっと疑問)、ht=0.55(間違っていると思います)、LWB=2.73となり
ΔW=337[kg]が得られます。
得られましたが、減速度は急減速時では一般的に0.4〜0.7(路面とタイヤの摩擦係数に等しい)と言われ1を超えることはあまりないといわれています。ただ、計算は間違っていないと思いますが…この計測は某ビデオでの実測値から私が計算したので、路面の状態が非常に良かったのかな?

で、この計算が合っていると考えてこの制動によりフロントの荷重は1177kg、リアの荷重は303kgに変化します。このときの重量配分は実に79.5:20.5になります。


理想制動配分曲線 荷重移動により前後タイヤの荷重が変化するとタイヤの受けられる制動力が変化します。で、変化したときの理想的なブレーキバランスは右の図のようになります。今回の計算では私の適当な“カン”で重心高さ:htを0.55(m)としましたが、実際の値とはおそらく異なっていると思います。
実際の重心高さがこれよりも高ければ荷重移動が大きくなるためリアの理想制動力が小さくなる方向になり、低ければ荷重移動が少なくなるためリアの制動力が大きくなる方向にこの線は移動します。
分かりやすく言うと実際の重心高さが0.55(m)よりも高ければ右の線は下に潰されるようになり、低ければ上に伸ばされるようになります。

フロント制動力が増える方向は減速度の増加を示しています。つまり右に行くほど減速度が高いと言うことです。
ただし、どこまでいっても右肩上がりになるわけではなく、一定(約1G)以上になるとリアの制動力が減少していき、放物線を描く図になります。
あくまで単純計算上と言うことですが、減速度が2Gを越えるころリアの制動力はマイナス(=リアタイヤが浮く)になります。

この曲線は理想的なブレーキバランスを示しているため理想制動配分曲線と呼ばれるそうです。


キャリパーブレーキバランス

これらのことを踏まえてキャリパーブレーキバランスを考察してみます。
まずパッドの摩擦係数μは0.4、定数kは0.8(多分間違ってます)、P:圧力としておきます。

JZX100

ブレーキシリンダー面積 SF1=3097mm2(フロント) SR1=1282mm2(リア)
ブレーキローター有効制動半径 rF1=120mm(フロント 推定) rR1=136mm(リア 推定)
タイヤ有効制動半径 RF1=316mm(205/55-16) RR1=315mm(225/50-16)

これらを計算式に当てはめると

JZX100
Front (376.3×10-6)×2×P
Rear (177.1×10-6)×2×P
Barance 68.0:32.0

となります。
これからP&Bバルブにより油圧バランスが変わると下の図のようになります。

JZX100の純正キャリパーでのブレーキバランスは右の図のようになります。
ひとつの図に多くの線を書いているので各色線の説明を以下に列記します。

・黒線:ブレーキペダルを踏み込んだ実際のブレーキバランスです。右上に行くほど前後の制動力が増加していることを示しています。
・青線:すでに上で述べた理想制動配分曲線です。
・青紫線:前輪ロック限界線であり荷重と路面とタイヤの摩擦係数により決まるロック限界値を示してます。これを超える制動力を与えると(線の右側の領域では)タイヤがロックしてしまいます。
・紫線:後輪ロック限界線であり前輪ロックと同様これを超える制動力を与えると(線の上側の領域では)タイヤがロックしてしまいます。
・ワイン色線:等減速度曲線であり、ある減速度を発生させるときに必要な制動力を示していますが、前後輪ロック限界線を越えて制動力を発生させられることはありません。
つまり前後輪ロック限界線と等減速度曲線の交点が最大減速度を発生させられる状態です。

制動力計算に用いたパッドの摩擦係数(μ)や定数(k)が変化すると、実制動バランスの絶対値が異なってきますが、概ねこの傾向だと思います。

減速度の限界ですが、これは路面とタイヤの摩擦係数に依存します。つまり摩擦係数が大きくなればそれだけ大きな減速度を発生させることが出来ますが、小さくなればそれだけ小さい減速度しか発生させることができません。
これを踏まえてJZX100のブレーキバランスを考えたいと思います。

ブレーキバランスを考えるには路面とタイヤの摩擦係数が重要な因子です。一般公道は0.4〜0.7と言われています。当然サーキットなどは摩擦係数が1に近くなります。

路面とタイヤの摩擦係数が0.5の場合
路面の状態があまり良くない場合ではブレーキングを行うとリアより先にフロントがロックします。いわゆるフロント効きのブレーキであることが分かります。
このブレーキバランスでは最大減速度は0.35Gほどでしょうか?

路面とタイヤの摩擦係数が0.7の場合
一般公道では比較的良い状態で、上述の状態よりはリアよりのブレーキバランスですが、こちらでもリアより先にフロントがロックするフロント効きのブレーキであることが分かります。
最大減速度は0.6Gほどでしょうか?
この2つの図を見ると一般公道では一般的に言われているフロントよりのブレーキバランスであることが分かります。路面は走る場所で決められてきてどうしようもありませんが、タイヤをハイグリップのものに交換することで最大減速度を高く、フルブレーキング時のブレーキバランスをリア寄りに近づけることができるでしょう。

路面とタイヤの摩擦係数が1.0の場合
サーキットの中でも極端に理想的な状態です。
路面との摩擦係数がここまで良くなるとタイヤが受け持つことのできる制動力にブレーキが発生させられる制動力が足りていない気がします。ブレーキペダルが折れるほど踏み込めば最大減速度に達すると思いますが…

ただし、エンジンブレーキは考えていません。(どのの程度発生するのか分からないので…)
エンジンブレーキが発生するとリアの制動力が増加することによりブレーキバランスはもう少しリア寄りになると考えられます。


まとめ

一般公道でも路面の状態が余りよくないか乗り心地重視のローグリップタイヤを装着している場合は最大減速度が小さいことはもちろんブレーキバランスはフロントよりになっていることが分かります。これまでの図よりブレーキバランスの改善にはハイグリップタイヤの装着が考えられます。それに伴いコーナリングフォースの向上などが発生します。
と言うことで、純正タイヤではJZX100で言われていたフロントよりのブレーキバランス、またハイグリップタイヤに履き替えるとブレーキバランスが良くなると言うことが図で分かりやすくなったのではないでしょうか?

また、ここではパッドの摩擦係数を前後とも0.4としていますが、実際は変わっているでしょうし何よりブレーキングによりローター&パッド温度が上昇すると摩擦係数が変化します。また、制動力を算出する際の定数も変わってくるでしょう。温度と摩擦係数の関係まで考えられれば良いのでしょうが、ここではそれを無視して考えています。当然摩擦係数が変化するとグラフに変化が現れますが、(フェード&ベーパーロック等が発生しない限り)極端に大きな変化はないと考えられます。パッドの摩擦係数などブレーキ要素が変化した場合の制動力&バランスについてはこちらをご覧ください。

最後にブレーキバランスは走る場所(路面の状態)やタイヤによって変わってくるものだと言えます。様々な条件のもとで様々な運転手がいると言う条件ではこのようなブレーキバランスになりますが、走る条件に合わせてセッティングを変える若しくは走る条件を限定してそこにあわせるのがチューニングではないでしょうか?

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